凛と柔く

芯をもってしなやかに、じぶん基準で生きる

音楽についての私的新考察。音楽は『希望』であるという、答え。

 

ROCKIN'ON JAPAN

ROCKIN'ON JAPANという音楽雑誌を、時々買う。
なぜ時々なのかと言われると、今現在は雑誌を買ってまで知りたいと思うアーティストが、ほんの一握りになってしまったから。これはあくまで私個人の音楽に対する好みによるものなので、雑誌がどうこうというものではない。

 

どういう時に買うのかというと、好きなアーティストのロングインタビューが掲載される時である。振り返ってみると、ラルクの時、HYDEソロの時、Perfumeの時、細美武士の時。アーティストの内面が見たいと思った時に買っていた。こじんまりとしたサイズには似つかわしくない分厚さのそれを、いまでも大切に持っている。

 

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アーティストの露出が増えるのは主に、新曲が発表される時、アルバムが発表される時であると思うのだけれど、そういう時期は各雑誌がこぞって同一のアーティストを取り上げ特集する。(書店では、同じ顔が一斉に並ぶのである。)

 

なので、単純にインタビューを読みたいのならば、どの雑誌でもいいと言えばいい。
それでも私がROCKIN'ON JAPANを選ぶのは、単純に文字数での読み応えと、インタビューの内容によるものが大きい。加えて、雑誌のサイズがコンパクトなのもいい(笑)。

 

ROCKIN'ON JAPANのロングインタビューは、アーティスト自身をそしてその表現しようとしている世界を理解し、アーティストとインタビュアー双方の歯車がガチっと噛み合っていると感じる。
数ある雑誌の中には、まるで見当違いの質問を繰り出すインタビュアーもおり、そんなインタビュー記事に出くわすと、紙面の文字を追っているだけでも、アーティストのちょっとしたイラつきや呆れ顔、噛み合わなさを感じるものもある。

その点、ROCKIN'ON JAPANは安心して読める と、個人的に信頼を置いている。

 

  

山崎洋一郎氏のブログ

最近、手元にあるバックナンバー(現在爆発的大人気のアーティストに非ず)の目的であったロングインタビューを読み返してみたのだけれど、インタビュアーが同じ人であることが多いことに気付いた。ROCKIN'ON JAPANの編集長、山崎洋一郎氏である。
それに気づいてから、気が向いた時には氏のブログを読んでいる。淡々と的確に書かれるフェスやライブの感想がとても好きだ。

▶ 山崎洋一郎の「総編集長日記」 | ロッキング・オンの音楽情報サイト RO69

 

数日前にも読んでいたのだけれど、1月15日の、”音楽はなぜ「希望」なのか“と題された投稿に衝撃を受けた。(ROCKIN'ON JAPANに掲載されているコラム、『激刊!山崎』からの転載のようです)

▶ 【コラム】音楽はなぜ「希望」なのか | ロッキング・オンの音楽情報サイト RO69

 

全てにおいて無駄な言葉がないミニマムな投稿でありながら、内容はマキシマム。
中でもドキっとした部分が2か所ある。

 

もし、ある音楽を聴いて光が見えたとしたら、それは音楽が光っているのではなくて(音楽は音であって光ではない)あなたの中にある光が呼び覚まされたのである。
もし、ある楽曲を聴いて美しい光景が見えたとしたら、それはあなたの中にあった美しい光景が呼び覚まされたのである。
もし、ある歌を聴いて感情や力を感じたなら、それは全てあなたの中にある感情や力が呼び覚まされたのである。

 

フェスや野外でのライブ(つまり、昼間でお客さんの顔がよく見える会場)で、ステージを観ながら泣いている人を見ると自分も泣けてくることがある。

その人はきっと、自分の中にずっとしまっていた美しい感情や光景が音楽によって呼び覚まされて、涙を流しているのだと思う。
ステージの照明やそこに立つアーティストの表情やシルエットは美しいけど、でも実はその人は自分の中にある光や美しい光景に瞼の奥で出会っているのだと思う。
音楽によって、本当の自分と会っているのだと思う。
その喜びに涙が流れてくるのだと思う。

 

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「Insomnia」で泣いた

今まで、音楽を聴いて泣いたことが何度かある。

 

一番最近でいうと、中津川のフェスで初めてthe HIATUSの生音を聴いた日で、「Insomnia」を聴いた時だった。

この投稿(▶ the HIATUS:5th album 「Hands Of Gravity」 によせて #1 )でも触れているのだけど、「Insomnia」はthe HIATUSの細美武士を好きになった曲であり、今でもなお、私の中で特別な曲。

 

前述のフェスでは、初めてthe HIATUSの生音そして細美武士の生声を聴けたことがうれしくてうれしくて、跳びはねながらライブを楽しんでいたのに、この曲のイントロが流れると同時に、涙が溢れて止まらなかった。
(この記事の後半で、そのフェスでのことを書いています ▶ 【中津川ソーラー武道館 2016】4/13時点での出演アーティストと、2014の感想 )

 

その涙は、ずっと好きだった細美武士を初めて肉眼で見、そして生の歌声を聴けた嬉しさからきた分もあるのだと思う。
けれどそれとは別に、あの瞬間は胸の奥が痛くて苦しくて、こみ上げるそれを抑えることなんてできず、全てを吐き出すように流れ出した涙だったような気がしていた。
あの涙をどう表現すればいいのか分からなかったのだけれど、引用した山崎氏の言葉でハッキリ自覚が出来た。

 

今より幼くてまだ自分が何者なのかわからなくて、様々な事に対して不安や恐怖があっていつも張りつめていて、自分なんてと自分を否定し続けていた日々。苦しくて苦しくて、なぜでてくるのかすらわからない涙を流していた日々。何かを渇望しているのにそれが何なのかはっきりわからず、わかった後も決して手にできなくて絶望していた日々。

 

そうだったんだ。

 

あのフェスで「Insomnia」を聞いた時、そんな日々や苦しさがフラッシュバックしたんだ。

自分の中に閉じ込めていたあの渦巻く苦しかった日々そして、葛藤する感情。それが「Insomnia」で呼び覚まされたんだね。あの瞬間、今より青い頃の自分に、逢っていたんだね。あの頃の自分の代わりに、今の自分が泣いていたんだ、きっと。「Save Me」って。

 

Insomnia

Insomnia

  • the HIATUS
  • ロック
  • ¥200
  • provided courtesy of iTunes

▲YouTubedでは公式のものがなかったので。
 イントロで終わってしまうので、しっかり聞きたい方は検索してください。

 

 

「光」で泣いた

他にも鮮明に覚えている泣いてしまった曲がある。宇多田ヒカルの「光」だ。

「Insomnia」が苦しい時の自分を呼び覚ましたのであるとすれば、「光」はまさにその苦しみから脱する希望を呼び覚ましたのだと思う。

 

ずっと欲しかったものを、いつか手にするんだ。
ずっと見たかったものを、いつか見るんだ。
ずっと行きたかった場所へ、いつか行くんだ。

そうやって希望を、一筋の光を見た気がして、泣いた。

 


宇多田ヒカル - 光

 

 

音楽は・・・・

音楽は、自分に潜ることのできるひとつの手段だと、私は感じる。

誰かの書いた歌詞に、誰かの作った音に、共感したり感情を揺さぶられたり代弁してもらったりする。
それと同時に、なぜ自分はそう感じたのかを、無意識に考えてしまうと思う。そして自分の感情の終着点を知る。


ああそうか。
自分はこんなことを思っていたのか。
こうしたかったのか。
こうなりたかったのか。

 

初めて気づいたりする。
そしてそんな、終着点に導いてくれた曲こそが、その人の「希望」の音楽になり得るのではないだろうか。

 

山崎氏は、コラムをこう閉めている。

音楽自体はただの音=空気の振動である。その空気の振動は、聴いた人の心の中の光や感情や力を呼び覚ます。

その光や感情や力で、人は前に進むことができる。
いつだって、それこそが希望だ。

 

なくても生活するのに困ることはない。

だけれど、たった一つの音楽が、自分の人生を支えてくれることがあったりもする。
音楽は、自分を知ることができるからこそ、美しく楽しい。